義仲寺の山門です。この前の道は、旧東海道。この辺りを粟津原と言い、琵琶湖に面した景勝の地だったそうですが、今は埋めたてられ琵琶湖からは少し遠ざかっています。 | こちらは、本堂「朝日堂」。朝日将軍木曾義仲に由来しての名前。本尊は聖観世音菩薩・木曾義仲・義高親子の木像を厨子に納めています。 義仲公・巴御前の兄今井兼平・芭蕉翁などの位牌も安置されていあmす。 |
|
木曽義仲のお墓。享年31歳。 | こちらは、巴塚。武勇優れた美女で武将として義仲公を助けた、巴御前を弔う石碑。 | |
こちらは境内に建つ「木曽八幡社」。 八幡大菩薩は、源氏の守護。 能「木曽」は義仲が埴生八幡宮に、戦勝祈願の「願書と矢」を納め、「倶利伽羅峠」で勝ったというお話。頼朝は鎌倉の鶴岡八幡宮ですよね。 |
「義仲の寝覚めの山か月恋し」これは松尾芭蕉の俳句です。芭蕉はよほど愛したか、しきりにここを訪れています。芭蕉は元禄七年(1694)旅の中大阪御堂筋の知人宅で亡くなります。そして芭蕉の遺言で、義仲の側に墓が建てられました。 |