演目のあらすじ(く・け・こ)

「国 栖」(く  ず)五番目物(略初番目物)

所:大和国吉野 国栖

前シテ・漁翁、後シテ・蔵王権現、前ツレ・老嫗、後ツレ・天女
ワキ・待臣、ワキツレ・輿舁、アイ・追手の兵
 
浄見原天皇が臣下を従へて都を退き、吉野川の川辺にある庵で休んでいました。そこへ釣りを終えた老人夫婦が帰ってきます。庵の上には紫雲がたなびき、ただならぬ景色になっています。昔から紫雲がたなびくところに天子様がおられると言うがひょっとすると自分の庵にそのような方がいらっしゃっているのかと老人夫婦は庵に帰ります。老人は傍にいた臣下に「何事ですか?」と尋ねると臣下は「これはやごとなき人であるが、間近き人に襲われてこれまで忍んできたんだ」そして「何事も尉を頼りになさっている」と答えます。そして臣下は、「この君(天皇)は23日供御を近づけていないので、何か供御を近づけなさい」と言います。尉は姥に摘んだ根芹がある事を聞き、自分は釣った国栖魚を焼き供御に供えます。帝は喜んで召し上がられ、御残りを尉に賜ります。尉は召し上がられたあとの魚がまだ生きているかの如く生き生きしているので、吉野川に放してみます。すると魚は生き返り瀧川を上っていくではありませんか。尉は喜びこの吉瑞を報告します。するとそこへ、帝の追っ手がやって来ます。尉は帝を舟の中にお隠し申し上げ、詰め寄る追っ手をボケた老人のふりをしたり、又は威嚇したりしてやりこめ退散させます。さて老人夫婦は「御慰めの為に音楽でも奏しましょう」と言い消え失せます。
するとどこからともなく美しい音色が聞こえてきて、そこへ天女が下りてきて楽を奏します。更に蔵王権現も現れ、その威厳を示し聖世の復興に御助力申し上げるのでした。

「熊 坂」(くまさか)
五番目物(略二番目物)

所:美濃国 赤坂青野原

前シテ・僧、後シテ・熊坂長範の霊 ワキ・旅僧アイ・里人
 
都の僧が東国修行に出かけます。そして、美濃国(岐阜県)赤坂のあたりを通ります。すると一人の僧が現れ旅の僧を呼び止めます。その僧は、今日はある人の命日だからと回向を頼みます。そして自分の庵に旅の僧を案内します。旅の僧は案内された庵の持佛堂に入ると、そこには絵像も木像もなく、長刀などの兵具が所せましと置かれていました。旅僧は不審に思い理由を尋ねると、その僧は「この辺には山賊や夜盗などが出没し女子供までもが襲われるのです。襲われた人の声を聞こえると、この長刀を持って助けに行くのです。助けた人にも喜ばれるので、自分も嬉しいのです。僧にはいらない腕かも知れませんが、仏も衆生を救う方便として殺生を認められているのですから」と語ります。そして「こんな話をしているうちに夜が明けてしまいます。どうぞお休み下さい」と言い自分も寝室に入るように見えたが、その姿は消え、庵も消えただの草むらになってしまった。
旅の僧が、不審に思い所の人に話を聞きます。昔ここに熊坂長範という大盗賊がいた事、そして金売り吉次一行を襲い逆に同行していた牛若丸に帰り討ちにあったこと聞きます。僧は、熊坂を弔おうと松陰で読経をします。するとそこへ、熊坂長範の霊が現れます。熊坂は自分が討たれた時の事を僧に語ります。
その内容は「毎年たくさんの宝を持って奥州へ行く金売り吉次の一行を襲おうと吉次の宿を襲った。中を覗くと16歳くらいの子供が寝ずの番をしている。これはしめたと多くの家来を引き連れ夜討ちをかけた。でもその子がまさか牛若丸だとは露とも知らなかった。多くの家来は、次々討たれ、逃げていく者までいた。自分も、盗みも命あっての事だと思い帰ろうとするが、子供相手に熊坂が逃げ帰ったとあっては大恥である!自分の秘術を使えば天魔鬼神にも負けないと長刀をかい込んで引き返したのだ。そして牛若にかかっていく。しかしどうしたことか切り込めば長刀を払われる。打ち込めば長刀の上にひらりと飛び乗る。宙へ飛んだかと思えばとうとうその姿は消えてしまった。どこへ行ったかとあちこち探していると、思いもよらず後ろから鎧の隙間を切られてしまった。子供にいいようにやられてしまったのも悔しいが、これも天命かと無念に思ったのだ。長刀では叶わないと長刀を捨て、捕まえてやろうと追っかけるが、水に写る月の様に姿は見えるのに手に取れない。そして次第に重手を受けてさすがの熊坂も力尽き、この松陰ついに死んでしまったのです」
そして熊坂の霊は、自分の跡を弔って下さいと僧に回向を頼み、夜明けと共に熊坂の亡霊は松陰へと隠れてしまいました。

「鞍馬天狗」
(く ら ま て ん ぐ)
五番目物

所・山城国鞍馬山

前シテ・山伏、後シテ・天狗、前子方・牛若丸と稚児数人、
後子方・牛若丸、ワキ・僧、ワキツレ・従者、アイ・能力、木葉天狗
 
鞍馬山東谷のお坊さんが西谷の桜の花が盛りだからと西谷から招待を受けたので、稚児達を連れて西谷に花見に出かけます。さて花見の席の中に一人の山伏が乱入したので、僧は稚児達を連れて帰ってしまいます。しかし一人の稚児が残ります。紗那王(牛若丸)こと後の義経です。紗那王は山伏に好意を示します。そして回り稚児たちはみんな栄華の平家一門の稚児。その中で源氏である自分の不遇を語ります。山伏は、そん牛若を慰めようと都の色んな所の桜を見せてまわります。そして鞍馬山へ戻り、実は自分が鞍馬の大天狗であると明かし「兵法の大事を授け、きっと平家をうたせましょうから明日また此処へ来なさい」と言って山へ飛び去ります。
翌日、紗那王が待っていると、昨日の山伏が大天狗の姿で現れます。天狗は「紗那王に兵法の奥儀を伝え、この後も守護することを約束し、鞍馬山の梢に翔り、山へ飛び去っていきました。

「小鍛冶」(こかじ)五番目物(切能)略初番

所:京都三条粟田口小鍛冶宗近邸

前シテ・童子、後シテ・稲荷明神
ワキ・三条宗近、ワキツレ・勅使、アイ・宗近ノ下人
 
不思議な霊夢を見た一条天皇は、三条の宗近に剣を打つように命じる。宗近は、剣を打つには自分の力に劣らないほどの相槌が必要と考える。しかし適当な者がいないので、氏神の稲荷明神に祈願の為に参詣する。すると一人の童子が宗近を呼び止める。童子は、「帝に剣を打てと命じられたのだな」と不思議にも今受けたばかりの宣旨を知っている。さらに童子は、鍾馗の持つ剣の威徳や中国の故事、そして日本武尊命の草薙の剣の話を話す。これから打つ剣も、これらに劣らないのを打たないとだめだと宗近をはげます。そして剣を打つ用意をして待っていなさい。必ず力を貸すからと言い捨てて稲荷山へと消えて行った。
宗近は帰宅し、剣をうつ壇をこしらえ注連縄をはり祝詞を捧げ祈っていると、稲荷明神(狐)が出現する。そして宗近の相槌を勤める。明神は剣に「小狐丸」と銘々し、表に「小鍛冶宗近」、裏に「小狐」と銘をいれます。明神は、打ちあがった剣を勅使に捧げ、雲に飛び乗り再び稲荷山へと帰って行きます。
「黒頭」「白頭」の替えの演出があります。
京都の三条粟田口に「相槌稲荷」というお稲荷さんがあります。宗近が相槌を勤めて下さった明神に感謝し勧進し建立したものと伝えられています。祇園祭りの先頭を行く「長刀鉾」の上に上げられている長刀も宗近の作と伝えられています。


「胡 蝶」(こちょう)
三番目物

所:京都 一条大宮

前シテ・里女、後シテ・胡蝶ノ精、ワキ・旅僧、ワキツレ・従僧
 
吉野から都へやってきた僧が、一条大宮にある古宮の御階の下の梅を眺めていると、人の居そうにもない軒端から1人の女性が現れます。女性は、「此処はむかし殿上人が梅花を眺めながら、歌を詠んだり管絃の御遊を催した由緒のある古宮なのです」と僧に教えます。僧が女性を不審に思ってその名を尋ねると、「実は花に縁が深い胡蝶ですが、梅の花に縁がないのがとても悲しく、法華経を読誦して頂いて成仏して、梅の花に縁を結びたいと思っています。ですから此処へ姿を変えて現れたのです」と言い、また胡蝶の色々なお話を僧に語りました。そして女性は再び僧の夢に現れましょうと僧に約束して消えうせました。
そこで僧が花の下で休んでいると、美しい胡蝶の精霊が現れて法華経の功力で梅の花に縁を持てた事を喜びます。そして梅花に戯れ、舞い遊んでいましたが、やがて胡蝶は暁の雲の霞に紛れて消えていくのでした。

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